象徴派の周囲

象徴派に関する雑記、メモ、翻訳、引用など

中島洋一『象徴詩の研究──白秋・露風を中心として──』


昭和57年に桜楓社から出たもの。象徴詩の愛好家にはおもしろく読まれるかと思いきや、なかなかもって取り扱いのむつかしい本ではある。というのも、白秋と露風の詩集すべてについて象徴性(著者のもちいる用語で、要するにサンボリスムのこと)をまんべんなくあげつらってあるので、記述が単調、散漫になりがちで、白秋のここが、露風のここが象徴詩人として偉いんだ、という手応えのようなものが得られない。白秋、露風の全面的な愛好家でないと、本書の真骨頂は味わえないだろう。

私はといえば、白秋、露風ともに、それほど好きな詩人ではなく、アンソロジーで何篇か読めればいい、と考えているような人間だから、本書の読者としては失格だ。ただ、この本から何も得られなかったかといえば、そんなことはないと思う。いちばんの教訓は、自分が好きでない詩人や作家について、研究書を読んだところで、まったく意味はないということを思い知らされたことだ。

まずテクストを精読して、好きか嫌いかを判断すること。そしてそのうえで、好きな場合にかぎり、研究書に手を出すこと。これを今後は心掛けることにしよう。

北原白秋と三木露風


わが国の象徴詩の歴史においては、有明の次にくるのが白秋と露風だ。このふたりは並び称せられ、いわゆる白露時代を打ち樹てた。

私はだいぶ前に露風の四冊の詩集*1にざっと目をとおし、小ぎれいにまとまってはいるが中身のない詩だな、という感想をもった。で、今回、白秋の代表作『邪宗門』を通読して意外に思ったのは、白秋という人が、私の期待していたほど卓れた詩人ではないという事実だった。露風よりもさらに私には遠い詩人だ。

白秋は、私の印象では、詩壇の耆宿的存在で、白秋といえば居住いを正さねばならず、白秋門下といえば無条件で畏敬の対象となる、というような感じをもっていた。しかし、『邪宗門』を読んだかぎりでいえば、近代詩人としてそれほど高い位置にいるわけでもないことがわかる。いろんな意味で中途半端なのだ。

露風の詩が、外形ばかり整って内からこみあげてくる圧力が感じられないのとうらはらに、白秋は内からの圧力がつよすぎて、外形の秩序を破っている。下世話にいえば、身も蓋もない、というのが白秋の詩の与える印象だ。巻頭の詩「邪宗門秘曲」だけは例外的にすばらしいが、あれを超える詩篇がひとつとして巻中に見えないのである。

彼の第二詩集『思い出』はまだぱらぱらと眺めただけだが、この時期にはもう象徴詩としての外形を取り繕おうという気持が完全になくなっているのがわかる。ひたすら自分の資質に忠実に、内心の情緒をぶちまけたようなところがあって、それはそれで興味はあるが、詩的に高いものではないし、私の目下の興味からも外れている。

いずれにせよ、今回白秋を読んだことで、逆説的に露風のよさが分るようになってきた。日夏耿之介が『明治大正詩史』で的確に述べているように、白秋の象徴詩には発展の余地はないが、露風の象徴詩のほうは、それ自体は挫折したとはいえ、真摯なる後進のためには有益な道を示唆していたのである。

というわけで、象徴詩という観点から眺めれば、白秋対露風の対決は、露風に軍配が上がりそうだ。

*1:『廃園』『寂しき曙』『白き手の猟人』『幻の田園』

マアテルリンク『モンナ・ヴァンナ』


山内義雄の古い訳で読む(新潮社版)。「解説」によれば、この芝居が日本で上演されたのは明治39年すなわち1906年のことで、原作が出てからまだ4年しか経っておらず、まさに同時代現象だったことがわかる。おそらくめんどくさい部分は端折って、筋書のみ前面に押し出したものだと思われるが、世界の動向をいちはやく捉える感度のよさには一驚を喫する。

早いといえば、日本では梗概博士といわれた森鴎外が、原作刊行の翌年(明治35年)にすでにその梗概を書いている。それがまた鴎外一流の要を得たもので、いやになるくらい勘所を押さえている。

さて、この劇を一言でいえば、「嘘も方便」になるだろうか。まあ、それだけのことならわざわざ劇を見るまでもないが、ここでは象徴主義はすっかり影をひそめている。かつての曖昧模糊とした雰囲気から完全に脱却した、いわば大人になったメーテルリンクの姿が窺われる。

劇としてはおもしろいし、力作であることも認めるが、象徴主義のかけらもないメーテルリンクには、残念ながらあまり同情は致しかねる、というのが正直なところだ。私が象徴主義に惹かれるのは、そこに永遠の子供らしさが認められるからでもあるのだ。

もっとも、女主人公の行状から、ユーディットやルクレチアへの言及というか、ほのめかしがあり、またプリンツィヴァッレとヴァンナの双方に外傷や流血がみられるのは、やはりここにもサロメの系譜が延びて行っているようなところもあって、かろうじて「世紀末」の残滓だけは窺うことができる。


モンナ・ヴァンナに扮したジョルジェット・ルブラン(メーテルリンク夫人)

『詞華集』


国書刊行会から出た「フランス世紀末文学叢書」の一冊。1985年の刊行だが、以後類書が出ていないので、愛好家にとってはいまだに珍重すべき書物となっている。

本書を手に取って、そうか、もうあれから35年にもなるのか、と思う。この本が出たころは、世はいわゆる世紀末ブームであり、それ関連の本や企画がいろいろと出たものだ。もちろんそれらは二十一世紀に入るとともに沈静化し、やがて忘れ去られ、いまではその片鱗ですら坊間には見出せなくなった。

まあそういっても、私の頭のなかでは世紀末はいまだに現在進行形であり、いっこうにやむ気配はない。たぶん死ぬまで世紀末とは縁が切れないままだろう。

さて、上田敏の『海潮音』以来、何冊あるかわからない近代詩のアンソロジーの、最新式のものが本書だ。じっさいに手に入れるまでは、どうせたいしたものであるまいと高をくくっていたが、現物を見るに及んで、自分のうかつさを恥じた。選ばれている詩篇も、訳文も、なかなかのものだと思う。訳文は、横のものを縦にしただけの、そっけないものだが、これがいいのですよ。柳村式の、装飾過剰なスタイルはいまどき時花らない。むしろそっけないくらいの直訳体のほうが、原詩の趣を正しく伝えてくれる。

とはいっても、このアンソロジーの全体から、なんらかの特色ある芳香のようなものが立ち上るかといえば、否。残念ながら、ここからは断片の集積という以上のものは見出せない。もちろん、そんなものは私としても期待していないので、個々の詩篇を娯しむにはそのほうがむしろ好都合だ。本書の特色は、「中心の喪失」という言葉で言い表すことができるだろう。つまり、ここには核となる詩や詩人は不在であり、御三家といわれるマラルメヴェルレーヌランボーでさえも、ここではロンドに加わる「その他もろもろ」の一人にすぎない。

この選集は、1971年にフランスで出たベルナール・デルヴァイユの『象徴派詩』におおむね依拠していると巻末の解説に書いてある。このデルヴァイユの本の存在を知っただけでも、本書を買った甲斐はあった。


フローベールの「ヘロヂアス」


サロメの系譜といった内容の本は何冊かあるようで、いずれまとめて読んでみたいが、サロメを扱った文学作品のうち、わりあい早い時期に出たもので、逸することのできないのがフローベールの「ヘロヂアス」だ。この恐るべき物語を、フローベールはいったいどうやって着想し、作品として書き上げたのか? それはいまもって私には謎なのだが、それはそれで置いておこう。

この物語には、厳密にいって主人公といえる人物はいない。サロメでさえ主役ではない。しいていえば、歴史そのものが主役を務めているのだ。そして、その歴史はといえば、生きて動いている現実の歴史ではなく、冷たく凍りついて、不動の様相を呈した、美術作品のような歴史だということができる。

歴史といえば、激動という言葉がすぐに思い浮ぶが、フローベールの小説に描き出された歴史は、時間の経過というものがまるでなく、鏡のなかに映し出された光景のようにひっそりと静まり返っている。

このふしぎな静謐の印象が、フローベールを世紀末の芸術家に近づけているのだが、そのなかにあって、サロメの描写だけは奇妙に生き生きとしていて、そこにだけ生命のほとばしりが感じられる。これはフローベールが東邦へ旅をしたときに見たアフリカの舞姫の踊りをもとにして描かれたことと無関係ではないだろう。逆立ちをして踊るサロメは、ほとんどビザールといってもいいほど、倒錯的な美しさに満ちている。

「ヘロヂアス」は、のちにラフォルグが「サロメ」を書いたときの粉本でもある。この二つをじっくりと読み比べてみれば、世紀末におけるサロメの変貌が、ひいては高踏派から象徴派への展開が、よりいっそうはっきりと見えてくるかもしれない。