象徴派の周囲

象徴派に関する雑記、メモ、翻訳、引用など

日本象徴派

石川淳『おまへの敵はおまへだ』

だいぶ前に読みかけて、その台詞廻しのあまりのわざとらしさに辟易し、ずっと積読になっていたもの。それを今回わざわざ取り出して読んでみたのは、このところ古い日本の映画をずっと見てきて、その雰囲気の延長線上にあると思しいこの作品のことがふと頭に…

芥川龍之介と象徴主義

先日、初めて閃輝暗点なるものを体験した。視界の端にギザギザの円が見える現象だが、それで思い出したのは、作家の芥川龍之介が短篇「歯車」のなかで、この現象を描いていることだ。彼にとって閃輝暗点はたんなる病理的現象ではなく、「死」を暗示する予兆…

矢野目源一と象徴主義

この一風変った文筆家は若年の私をひどく悩ました。なにしろその全貌がわからない。こちらから見えるのはその指先や爪先だけなのだ。どこか全集を出してくれる本屋はないものか、とひそかに思っていた。ところが、吉行淳之介の「七変化の奇人」を読み、太宰…

素木しづ子と象徴主義小説

筑摩の古い全集本で「大正小説集」というのを読んでいて、ちょっと引っかかったのが素木しづ子という女流作家だ。いっときは樋口一葉の再来とまでいわれたらしいが、24歳で夭折した。「大正小説集」に収められているのは「三十三の死」という作品で、そこに…

『上田敏全訳詩集』

この本は、『海潮音』と『牧羊神』、および雑誌に出ただけで単行本には収録されなかった拾遺篇からなる。本書を通読して思ったのは、やはり訳詩集としては『海潮音』のほうが『牧羊神』よりもすぐれていることと、拾遺篇にもすぐれたものが少なくないという…

永井荷風『珊瑚集』

大正2年に出た本で、私の読んだのは、そのうちの訳詩だけ独立させた岩波文庫のもの。本書については、ネットにおもしろい論文が出ている。著者の佐道さんにはいつもながら教えられるところが多い。 『珊瑚集』から『月に吠える』へ * * * わが国の象徴詩…

阿藤伯海「哀薔薇」

哀薔薇 林壑久已蕪石道生薔薇 夢に薔薇(サウビ)の癉(ヤ)めるをみたり。鳥去りて東林白く 澗(タニ)の底、仄かに明けゆけど 夜夜の狭霧に、薔薇は癉みぬ。木立草立繇(シゲ)れる阿丘(オカ)に 幽かなる径(ミチ)、 径尽きて壑(タニ)も嘿(モダ)せり。 壑の八十陬(ヤソグマ)逗(モ)る…

漢詩と象徴詩

漢詩を楽しんでいる日本人はどのくらいいるのだろうか。1パーセントを切っているのは確実だろう。ことによったら、0.1パーセントすら危ういかもしれぬ。というわけで、あまり人気のない漢詩だが、ときどきこれは、と思うようなのがないわけではない。最近、…

象徴派の時代とは

ネットで見られる論文に、次のようなのがある。日本における象徴主義の概念これは私には非常に興味深く読めたが、とりわけ最後の「日本に象徴主義は存在したのか」という一節がすばらしい。著者はここで、日本に真に象徴主義的な詩作品が現れたのは、大正に…

中島洋一『象徴詩の研究──白秋・露風を中心として──』

昭和57年に桜楓社から出たもの。象徴詩の愛好家にはおもしろく読まれるかと思いきや、なかなかもって取り扱いのむつかしい本ではある。というのも、白秋と露風の詩集すべてについて象徴性(著者のもちいる用語で、要するにサンボリスムのこと)をまんべんな…

北原白秋と三木露風

わが国の象徴詩の歴史においては、有明の次にくるのが白秋と露風だ。このふたりは並び称せられ、いわゆる白露時代を打ち樹てた。私はだいぶ前に露風の四冊の詩集*1にざっと目をとおし、小ぎれいにまとまってはいるが中身のない詩だな、という感想をもった。…

日夏耿之介『美の遍路』

『黒衣聖母』の詩人の処女作は意外にも戯曲で、男を漁って一夜の歓楽を尽したのち、翌朝には殺して古井戸に投げ込む残酷なお姫様を主人公にしている。舞台は江戸時代の吉田御守殿で、天樹院尼公の性癖や科白がワイルドのサロメを彷彿させるところに妙味があ…

井村君江『日夏耿之介の世界』

井村君江さんとの出会いは、おそらくこの狷介孤高といわれた詩人の老年を美しく暖かいものにしたんだろう。若くて才能があり、自分の世界に共感を示してくれる女性なんてそうそういるものではない。井村さんが現れたおかげで、詩人はだいぶ「命が延びた」ん…

佐藤伸宏『日本近代象徴詩の研究』

これはすばらしい本だ。おかげさまで私にも日本象徴詩の流れがなんとなく理解できた。400ページに近い本だが、一読の、いや再読三読の価値はじゅうぶんある(2005年、翰林書房)。私の理解したかぎりでの、その流れは、下記のごときもの。 新体詩抄(近代詩…

窪田般彌『詩と象徴』

1977年に刊行されたもの(白水社)。本書で扱われているのは、「広い意味での象徴主義的風土に生きた文学者」たちである。広義の象徴派といってもいいだろう。まず蒲原有明。この人の『有明集』は最低限読んでおかないと、日本の象徴主義について語ることは…

窪田般彌『日本の象徴詩人』

1963年(昭和38年)に紀伊国屋新書で出たもの。本書で扱われているのは、上田敏、蒲原有明、北原白秋、三木露風、三富朽葉、萩原朔太郎、日夏耿之介、小林秀雄、吉田一穂の九人。ところで、これらのうち、フランスのサンボリスム精神に忠実な、真の意味での…

上田敏と堀口大学

鈴木信太郎には上田敏という先達がいる。この上田敏という人が、訳詩においていかに影響力が大きかったかは、当時の本を調べてみればわかる。その一つの例として、矢野目源一がマラルメの「牧神の午後」を訳したものをあげよう。かれの詩集『光の処女』の巻…