象徴派の周囲

象徴派に関する雑記、メモ、翻訳、引用など

斎藤磯雄『近代フランス詩集』

その刊行年(1954年)からもわかるように、本書は日本の詩壇の趨勢と同時代的に関わるものではなく、もっぱら訳者の個人的な嗜好によって趣味的に生み出されたものだ。まあ、詩集というのは本来そうあるべきもので、いたずらに時流と切り結ぶことのみをもっ…

『上田敏全訳詩集』

この本は、『海潮音』と『牧羊神』、および雑誌に出ただけで単行本には収録されなかった拾遺篇からなる。本書を通読して思ったのは、やはり訳詩集としては『海潮音』のほうが『牧羊神』よりもすぐれていることと、拾遺篇にもすぐれたものが少なくないという…

永井荷風『珊瑚集』

大正2年に出た本で、私の読んだのは、そのうちの訳詩だけ独立させた岩波文庫のもの。本書については、ネットにおもしろい論文が出ている。著者の佐道さんにはいつもながら教えられるところが多い。 『珊瑚集』から『月に吠える』へ * * * わが国の象徴詩…

阿藤伯海「哀薔薇」

哀薔薇 林壑久已蕪石道生薔薇 夢に薔薇(サウビ)の癉(ヤ)めるをみたり。鳥去りて東林白く 澗(タニ)の底、仄かに明けゆけど 夜夜の狭霧に、薔薇は癉みぬ。木立草立繇(シゲ)れる阿丘(オカ)に 幽かなる径(ミチ)、 径尽きて壑(タニ)も嘿(モダ)せり。 壑の八十陬(ヤソグマ)逗(モ)る…

漢詩と象徴詩

漢詩を楽しんでいる日本人はどのくらいいるのだろうか。1パーセントを切っているのは確実だろう。ことによったら、0.1パーセントすら危ういかもしれぬ。というわけで、あまり人気のない漢詩だが、ときどきこれは、と思うようなのがないわけではない。最近、…

象徴派の時代とは

ネットで見られる論文に、次のようなのがある。日本における象徴主義の概念これは私には非常に興味深く読めたが、とりわけ最後の「日本に象徴主義は存在したのか」という一節がすばらしい。著者はここで、日本に真に象徴主義的な詩作品が現れたのは、大正に…

中島洋一『象徴詩の研究──白秋・露風を中心として──』

昭和57年に桜楓社から出たもの。象徴詩の愛好家にはおもしろく読まれるかと思いきや、なかなかもって取り扱いのむつかしい本ではある。というのも、白秋と露風の詩集すべてについて象徴性(著者のもちいる用語で、要するにサンボリスムのこと)をまんべんな…

『詞華集』

国書刊行会から出た「フランス世紀末文学叢書」の一冊。1985年の刊行だが、以後類書が出ていないので、愛好家にとってはいまだに珍重すべき書物となっている。本書を手に取って、そうか、もうあれから35年にもなるのか、と思う。この本が出たころは、世はい…

ステファン・マラルメ「白鳥のソネット」

けがれなく 健やかにして うるはしき けふのよき日よ わがために 酔ひし翼の ひと打ちに 砕かばくだけ ひと知らで かたく凍りし みづうみに 霧氷降りしき 遁れざる 羽がきのあとの 透き見ゆる その氷をぞいにしへの 白鳥なりし おのが身の けざやかなれど 望…

佐藤伸宏『日本近代象徴詩の研究』

これはすばらしい本だ。おかげさまで私にも日本象徴詩の流れがなんとなく理解できた。400ページに近い本だが、一読の、いや再読三読の価値はじゅうぶんある(2005年、翰林書房)。私の理解したかぎりでの、その流れは、下記のごときもの。 新体詩抄(近代詩…

マラルメの新訳と旧訳、つけたり戯訳

岩波文庫の新しいマラルメ詩集。すごい労作だとは思うし、これを出した岩波書店はさすがというべきだが、どうもこれを読んでいると、自分は今までマラルメを過大評価していたのでは? という気になってくる。それはともかくとして、トルストイの芸術論以来、…

窪田般彌『詩と象徴』

1977年に刊行されたもの(白水社)。本書で扱われているのは、「広い意味での象徴主義的風土に生きた文学者」たちである。広義の象徴派といってもいいだろう。まず蒲原有明。この人の『有明集』は最低限読んでおかないと、日本の象徴主義について語ることは…

窪田般彌『日本の象徴詩人』

1963年(昭和38年)に紀伊国屋新書で出たもの。本書で扱われているのは、上田敏、蒲原有明、北原白秋、三木露風、三富朽葉、萩原朔太郎、日夏耿之介、小林秀雄、吉田一穂の九人。ところで、これらのうち、フランスのサンボリスム精神に忠実な、真の意味での…

ポール・ヴェルレーヌ「憔悴」

広義の頽唐派は象徴派を含む。そしてこの頽唐、デカダンという言葉は、もとは貶下的なものだった。世人は「この唾棄すべきデカダン奴が」という意味合いでこの言葉を使った。しかし、使われたほう、すなわちデカダンたちは、いっこうに痛痒を感じなかったら…