象徴派の周囲

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井村君江『日夏耿之介の世界』

井村君江さんとの出会いは、おそらくこの狷介孤高といわれた詩人の老年を美しく暖かいものにしたんだろう。若くて才能があり、自分の世界に共感を示してくれる女性なんてそうそういるものではない。井村さんが現れたおかげで、詩人はだいぶ「命が延びた」んじゃないかと思う。彼女の筆になる回想の耿之介は、ユディット・ゴーチエの訪問を受けた、晩年のワーグナーを彷彿させる。

私はずいぶん昔から、日夏については雑多な記事を読んできたので、今回の本でもそう目新しい発見があったわけではない。今回本書から得たいちばんの収穫は、この詩人が意外に「エロい人」だったことだ。彼の作品には、あからさまな恋愛詩がほとんどないので、たぶんそっち方面にはあまり関心のない人だと思っていたが、なんの、若いころには芸者遊びに入れあげて、年増の芸者を射落して結婚もしていたようだ。そういうことを念頭において『転身の頌』の詩篇を読めば、また違った印象が生じてくるだろう。

彼の詩作を支え、導いていたのがリビドーだったとすれば、40歳そこそこで詩の筆を折ってしまうのも納得がゆく。彼にとって一篇の詩を書きあげることは、性行為を完遂することとパラレルだったのではないか。彼の気に入りの言葉である「まぐはし」は、「まぐはひ」と呼び交しているようにも思われる。これもやはりコレスポンダンスというべきだろうか。


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以下、本書を読んで感じたことなど。

日夏の本の装丁をしたり挿絵を描いたりしていた長谷川潔。日本の絵画における象徴主義を考えるのに、この人を出発点にしたらどうか、という考えが浮んだ。

「月今宵 黒主の歌 玄からめ」 日夏には大伴黒主を主人公にした映画の構想があったらしい。

「子めかしさ夕顔の上を出るべし、明石の上のおぎろなき目と」 これは耿之介が井村さんに贈った歌。

日夏の人物評におけるクリシェ、「粋で、こうと(高等)で、人柄で」

本書には貴重な写真がいくつも入っている。堀口大学から贈られたという黒衣聖母のイコンは高くはなさそうだが、古雅でよい。



書斎に於ける詩人、といえばカッコいいが、書庫に出入りする彼の写真をみると、失礼ながら古本屋のオヤジを思い浮べる。

彼は深尾須磨子の直筆創作原稿「ギリシヤの雪」(1947年)を所持していたらしい。

雑誌『聖杯』(『假面』)のモデルになったのは、ジョン・ミドルトン・マリーの『リズム』誌。表紙や挿絵に石井柏亭、永瀬義郎、長谷川潔など。

彼の使う「羞明」という言葉は、目の病気というよりも、もっと心理的なものを指していると思われる。漢和辞典を引くと、「神経衰弱の一種で、強い光の刺戟を畏れる病」とある。原語は photophobia で、直訳すれば「恐光症」となる。

彼は英文科出身だが、卒論はダヌンツィオ論とのこと。耿之介とダヌンツィオ。かみ合っているような、いないような……

日夏のいわゆる「ゴスィック・ローマン詩体」について、著者はゴシック小説とともにゴシック建築との類比を語っているが、これはちょっと無理がありそうだ。だいたいにおいて作品論に属する部分はあまりおもしろくない。あらためて、詩を語ることのむつかしさを思う。

著者は日夏の四冊の詩集のうち、なぜか『黄眠帖』をカッコに入れて、詩業の系列から外そうとする。折々の詩の雑多な集録と見なされているのだろうか。私ももう少し日夏詩に親しんだら、その理由がわかるかもしれない。

明治生れの文学者はたいていペンネームを使っているが、日夏のように、姓、名ともにペンネームというのは珍しいのではないか。いずれにしても、日夏、耿之介、ともに由来ははっきりしないらしい。私は耿之介というのはたぶんメイゾン鴻之巣と関係があるとみているが、どうか。


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著者のみた晩年の耿之介は、まさに好々爺といった風情だが、私としては、辰野隆のいわゆる「パラドックスの、パラドックスの、そのまたパラドックスの、酢でもコンニャクでも行かぬ」破天荒な詩人像に興味がある。


日夏耿之介の世界

日夏耿之介の世界