象徴派の周囲

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マアテルリンク『モンナ・ヴァンナ』


山内義雄の古い訳で読む(新潮社版)。「解説」によれば、この芝居が日本で上演されたのは明治39年すなわち1906年のことで、原作が出てからまだ4年しか経っておらず、まさに同時代現象だったことがわかる。おそらくめんどくさい部分は端折って、筋書のみ前面に押し出したものだと思われるが、世界の動向をいちはやく捉える感度のよさには一驚を喫する。

早いといえば、日本では梗概博士といわれた森鴎外が、原作刊行の翌年(明治35年)にすでにその梗概を書いている。それがまた鴎外一流の要を得たもので、いやになるくらい勘所を押さえている。

さて、この劇を一言でいえば、「嘘も方便」になるだろうか。まあ、それだけのことならわざわざ劇を見るまでもないが、ここでは象徴主義はすっかり影をひそめている。かつての曖昧模糊とした雰囲気から完全に脱却した、いわば大人になったメーテルリンクの姿が窺われる。

劇としてはおもしろいし、力作であることも認めるが、象徴主義のかけらもないメーテルリンクには、残念ながらあまり同情は致しかねる、というのが正直なところだ。私が象徴主義に惹かれるのは、そこに永遠の子供らしさが認められるからでもあるのだ。

もっとも、女主人公の行状から、ユーディットやルクレチアへの言及というか、ほのめかしがあり、またプリンツィヴァッレとヴァンナの双方に外傷や流血がみられるのは、やはりここにもサロメの系譜が延びて行っているようなところもあって、かろうじて「世紀末」の残滓だけは窺うことができる。


モンナ・ヴァンナに扮したジョルジェット・ルブラン(メーテルリンク夫人)