象徴派の周囲

象徴派に関する雑記、メモ、翻訳、引用など

象徴派の時代とは

ネットで見られる論文に、次のようなのがある。

日本における象徴主義の概念

これは私には非常に興味深く読めたが、とりわけ最後の「日本に象徴主義は存在したのか」という一節がすばらしい。著者はここで、日本に真に象徴主義的な詩作品が現れたのは、大正に入ってからのことで、その代表的な作者としては山村暮鳥日夏耿之介大手拓次萩原朔太郎宮沢賢治などを数えることができる、と語っているが、これは私が漠然と考えていた日本象徴派のあり方にかなり明確な形を与えてくれるものだ。象徴主義という、どっちかといえば女性的な文学運動が、明治という「ますらをぶり」が幅を利かせていた時代よりも、大正という軟弱な時代のほうに似つかわしいことは、だれでもうすうす感じていることだと思うが、その考えを強力に後押ししてくれる論文に出会えたのは幸いだった。

明治時代を象徴派の準備期、大正時代をその円熟期と捉えてみれば、上にあげた大正期の詩人に立ち混じって活動しているその他もろもろの詩人たちの動向にもそれなりの意味を見出すことができる。いや、詩人だけでなく、小説家も含めた文人と、それから画家や音楽家などの芸術家、そういう人々が織りなすさまざまな運動、つまるところ芸術方面から眺めた大正時代そのものが、広義の象徴派の時代として、われわれの視野に入ってくるのだ。象徴主義の舞台としての大正時代。この観方は私には非常に好ましく思われる。その全域を踏破するのはむつかしいとしても、主だったところは押さえておきたい。

というわけで、明治時代は白秋、露風あたりでひとまず打ち止めにしたいが、その前にいくつか片づけておかねばならないことが残っている。上田敏永井荷風の訳詩の問題がそれだ。しかし、よく考えてみれば、そのあたりのことはさんざん論じつくされているので、いまさら私がなにか付け加えることがあるとも思えない。そこは素通りしてしまってもよさそうだ。素通りすることにしよう。