最近ちょっとしたことから5年間の禁煙を打ち切って喫煙者に復帰した。といっても、シガレットに戻るつもりはなく、パイプと手巻き限定だが。
シガレットは、よくいわれているように添加物満載で、これが重度の依存症を齎すようなのだ。それは私も身に沁みて知っている。なにしろ朝起きたらいきなりタバコが吸いたくなっている、というのが常態なのだから。
添加物のないニコチンはそれほどの依存症は齎さない。これまた私が身に沁みて知った事実だ。ここひと月ほどパイプと手巻きとを喫っているが、いわゆるニコチン切れを起したことは一度もない。
手巻きはだれでも手軽に楽しめるので、とくに何も語ることはない。問題はパイプだ。これがなかなか一筋縄ではいかないしろものなのである。
かつてはパイプ喫煙に関する書籍があった。今でも出ているのかもしれないが、あまり見かけることはない。それよりネットでの情報が充実していて、最近では明らかにこっちが主流だろう。私も今回パイプを再開するにあたって、動画を含むネット情報を大いに利用させてもらった。
しかし、客観的にみれば、そういった情報を発信している人々、つまりパイプ党のめんめんが、揃いも揃って変人なのである。実生活ではあまりお近づきになりたくないような人ばかりだ。なぜそうなるのかといえば、パイプの世界がいわゆる「こだわり」から成り立っているせいだろう。パイプにこだわり、タバコ葉にこだわり、喫い方にこだわる、そういった姿勢が人をして変人たらしめるのだ。
もっとも、そういう「こだわり」を一切排してしまうと、パイプの世界が成立しなくなるので、パイプと変人とは持ちつ持たれつの関係にあるといってよい。私もそんな変人の端くれとして、今回自分の喫煙法について語ろう。たぶんだれの目にも触れないと思うが、いわば私とパイプとがどういう秘密の生活を送っているか、ということの報告でもある。

私は自分の喫煙法を「30分3本勝負」と名づけている。どういうことかといえば、パイプに30分ほど保つだけの煙草をつめて、それを3回にわけて(つまり1回10分くらいで)喫うのである。
パイプに煙草をつめるといっても、押し込むのではなく、ほぐした葉をボウルに落としていくだけだ。少しづつ葉を加えながら、パイプを軽く叩いてやる。すると溜まった葉が少しづつ下のほうへずり落ちる。これを繰り返すことで、自然に葉が密着した状態ができあがるのだ。
こうしてボウルの上端まで葉を入れるのだが、もちろんこのままではスカスカで、量的には通常喫煙の半分にも満たない。しかしそれはそれとして、次に火を着けてみよう。ごくふつうに、1回目は上面を焦がし、2回目から本格的に着火するというやり方で。
そして火が着いたらタンパーで押さえる。といっても軽くだが、タバコ葉の上の方が密になるように、ある程度は一息に押し込む。すると、だいたいボウルの2/3くらいまで葉が引っ込む。ここが喫煙の出発点だ。煙草の上の方を密に、下の方をスカスカにしておくのが、火を長保ちさせる秘訣なのである。
あとはふつうに喫うだけだが、とにかくゆっくり燻らすのが常道だ。これだけはどんなことがあっても守らなければならない。シガレットと比べると比較にならないくらい煙が弱いが、パイプ喫煙とはそういうものだと思うしかない。万事ゆるゆると進むのがパイプなのである。
で、とりあえず10分ほど喫ったら、軽く数回息を吹き込んでタール成分を飛ばし、おもむろにパイプを置く。これが大事なところだ。置いてしばらくすると自然に火が消える。
パイプは一般的に1時間から1時間半くらいの喫煙時間を要するといわれていて、おそらくそれは正しいのだろうが、ふつうの生活をしている人間が、1時間以上もパイプをくわえているなんて、とてもじゃないが我慢できるものではないだろう。そういう言説がもうパイプを煙ったい、敬遠すべきものたらしめている。パイプはちょっとした雑事のあいまにでも楽しむことができる、という認識を広めることこそ、パイプの大衆化、ひいては市民権(!)の獲得にとって大切なことなのである。
さて、さっき置いたパイプだが、もちろんまだ葉は残っている。そこで2回目の喫煙となるのだが、それが初回の1時間後か、3時間後か、そんなことはどうでもいい。とにかく次に喫いたくなったときが2回目の喫煙タイムだ。残った灰の上からそのまま着火、タンピング。そして、2回目もやはり10分くらい喫煙したらパイプを置く。
その次の3回目になると、もう葉はだいぶ少なくなってきている。3回目はもしかしたら10分保たないかもしれない。しかしそれはそれでいいのだ。タバコの最後のほうは煙がきつく、味も苦味が増して、はっきり言って旨くない。そういうものを我慢して最後の一欠片に至るまで燃やし尽くす必要はないのである。煙が弱くなってきたな、と感じたら、それが喫煙の終りだ。ボウルから灰を掻き出してやる。
このやり方だと短時間でパイプが楽しめるうえに、タバコ代の節約にもなる。ジュースがほとんど出ないので、最後まで葉を無駄なく燃やすことができるのだ。パイプは3本くらい用意しておいて、ローテーションで使うのがいいだろう。
以上まとめると、パイプ初心者にとってネックになってくるのが、1.喫煙時間が長すぎる、2.火がすぐに消える、3.舌が焼ける、4.唾液がたまる、5.ジュースが発生する、といったところだろうが、上に書いたような方法だと、そのすべてが解消できるのだ。
1.10分に分けるので長すぎるということはない。むしろ短い。
2.吹き戻し(必須)を行うことで、10分くらいは保つ。
3.これもゆっくりと低温の煙を吸うことで回避できる。
4.高温の濃い煙を吸わないことで回避できる。
5.低温での10分間の喫煙ではまずジュースは発生しない。
蛇足ながら、少なくなった葉に火を届かせるにはライターよりもマッチのほうがよい。マッチを立てるようにすれば楽に着火できる。ライターだとパイプの縁を焦がしてしまうだろう。
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というわけで、パイプイコールめんどくさいと思っている人にはぜひともお勧めしたい方法なのだが、残念ながらそういう人々にこの記事が読まれることはないだろう。
まあこういった感じで、ニコチン姫、パイプ嬢、手巻き姐さんを相手に秘密の快楽に耽っている、というのが私の近況だ。