象徴派の周囲

象徴派に関する雑記、メモ、翻訳、引用など

エロティックな熊

このところあちこちで熊が出没して人間に危害を加えている。私のところなんかもそろそろ危ないかもしれない。というのは嘘で、おそらくあと十年くらいはもつだろう。その間、全国的に事態が好転することを望む。

さて熊だが、象徴的な意味合いでは、私にとって獣の代表のような存在になっている。つまり獣的なあれやこれやの象徴が熊なのだ。そればかりでなく、この熊というやつは、エロティックな象徴ともなっている。どうしてそういうことになったかといえば、学生のころに見た一本の映画、ポーランドのボロヴズィックが撮った「邪淫の館 獣人」に端を発している。これはすごかった。併映の「カリギュラ」が完全にかすんでしまった。発情した熊が貴婦人を襲うという、気違いじみた話で、その結果生まれたのがマチュランという「獣人」だ。

これの原作とされているのが、メリメの「ロキス」という短篇。岩波文庫で読めるが、どういうわけか「熊男」という実もふたもない題名になっている。これはそれほど露骨ではないけれども、そのぶん陰にこもった怖さがある。

象徴派の絵画では、クリンガーの「熊と妖精」がある。ここに描かれている裸婦は、妖精(Elfe)というより、赤肉団上の一婦人だ。そして、下に描かれた熊は、やっぱり獣欲を象徴しているようにみえる。牧歌的な絵柄ながら、全体的にもやもやとした悩ましい感じがするのは、私がそういう目で見るからだろうか。



ヨーロッパのどこだったか忘れたが、思春期の少女を熊という名で呼ぶところがある。これはおそらく体の一部に生える毛を熊に見たてたんだと思う。昔は日本でも娘の名で「くま」というのがあった。シャグマユリはヨーロッパのアスフォデロスで、「赤熊といふ字は恐ろしけれど……」と樋口一葉が書いていたような気がする。

というわけで、森のくまさんとも、人食い熊ともちょっと違うイメージを熊に対してもっている。

「鬼火」について

動画サイトで著作権切れの映画がただで見られるのは非常にありがたいが、同じものがつねにあるわけではなく、投稿者の意向やそれ以外の理由で消えてしまうのも少なくない。そして、もう一度見たいと思うような作品にかぎって、ネット上から消えてしまう確率も高くなるような気がする。最近のことでいえば、千葉泰樹の1956年の映画、「鬼火」がそうだった。一度どこかで見たきり、いまだに再鑑賞の機会がない。

それで仕方なく原作者の吉屋信子の短篇小説集を買ってみた。映画と同じ1956年に中央公論社から出たもので、巻頭に「鬼火」が入っている。これを読みながら、なるほどそんな話だったな、と映画を思い返していたが、どうも作品から受ける感じが微妙に違っている。はっきりいえば、原作の短篇より映画の方が出来がよかったような気がするのだ。

なんだろうこれは、と思う。ばくぜんとした印象ながら、題名にもなっている鬼火の描かれ方が、小説と映画とではだいぶ違うような気がする。映画ではこれでもかとばかりに、ガス焜炉の火を画面いっぱいに大写しにしていた。描写としてはただそれだけ。それに対して、小説の方は、この火の描写に細かい説明を加えている。

「何もないじめじめとした陰気な台所の瓦斯コンロにぼろぼろと音立てて、瓦斯の青い火が燃えてゐる、しかもその火の上には、小鍋一つ薬缶一つかかつてゐない、火はいたづらにぼうぼうとつけつぱなしで、蒼白い焔を音立ててあげてゐる、薄暗い台所に、その火が陰気な闇の鬼火のやうに人魂のやうに青白く燃えてゐるのが、忠七を何とも言えずぞつとさせた」

この対比において、映画というものが、いかに象徴的な表現に適しているかがよくわかる。たんにガスの火を大きく映し出すことが、こまごました描写よりもいっそう多くのこみいったことがらを観客の識閾下にダイレクトに伝えるのだから。


     * * *


ところで、この吉屋信子の小説を読みながら、ふと気づいたのは、これがホフマンスタールの「バソンピエール元帥の体験」によく似ていることだ。どちらもたちのよくない男が人妻を誘惑する話であり、女が来ないので家を訪ねていくと、人妻もその夫も屍体になって転がっている。そしてその最後、「鬼火」ではコンロの火が、ホフマンスタールの作品では疫病消毒の火が、めらめらと燃え上っている。ホフマンスタール好きの私としては、吉屋信子の作品にこういうテイストのものがあったことを知って嬉しく思った。

この短篇集にはほかにもいくつも作品が入っているが、まだ読んでみない。読んでみて、象徴主義風味があったらここへ、なかったらサブブログのほうへ、感想を書いてみたい。

スフィンクスについて


アラビア語スフィンクスのことをアブールハウリというらしい。これは分解してみれば、アブー(父)とハウル(恐怖)とから成っていて、文字どおりには「恐怖の父」という意味になる(と思う、あまり自信はないが)。

これでみると、ムスリムたちはスフィンクスを男性と考えていたようだ。ナイル川のほとりに横たわるスフィンクスが、かれらにとってどういう存在だったのかは分らないが、われわれのようにスフィンクスといえばすぐに女怪を思い浮べるのとはだいぶ違ったイメージをもっていたことは確かだろう。

エジプトのピラミッドは古代ギリシャでも知られていて、世界の七不思議のひとつに数えられている。しかしピラミッドについて語ったヘロドトスも、スフィンクスについては何も書いていないらしい。それは当時これが砂に埋まっていて見えなかったからだといわれている。それでなければ、彼ほどの人がこれに言及しなかったはずはない。

いずれにしても、エジプトのスフィンクスを見たムスリムたちが、これに「恐怖の父」と名づけたところに、巨怪な造形物に対するかれらの畏怖の念が感じられて興味深い。

象徴派の画家や詩人にとっても、スフィンクスは並々ならぬ関心と同情との対象であり、かれらはそれを繰り返し画題としてとりあげた。モローやルドンやクノップフの絵がすぐに思い浮ぶが、それらとは趣を異にしたフランティセック・クプカの絵が、いまの私にはおもしろく思われる。クプカの絵に描かれたスフィンクスは、ギリシャ由来の女怪ではなく、エジプト由来の「恐怖の父」のそれだ。



詩文のほうで圧倒的なのは、ワイルドの長詩「スフィンクス」だろう。これは、自宅の居間と、古代ギリシャと、太古のエジプトとを三重写しにして展開する絵巻物のような作品で、最後にキリスト磔刑像があらわれて機械仕掛けの神のようにすべてをひっさらっていくというもの。

エドガー・ポーとアラビア的なもの


象徴派の守護神の一人である、アメリカのエドガー・ポーは、意外とアラビア的なものをその作品の風味として添えることが多い。そのことは前から薄々ながら気づいていたが、最近アラビア語を勉強するようになって、それがますます顕著に感じられるようになってきた。たとえば──

「唐草怪奇物語」と訳されることもある、彼の小説集「グロテスクとアラベスクの物語」。このグロテスクというのは、アラベスクと並記されていることころから考えても、ふつうにいわゆるグロではなくて、装飾模様としてのグロテスクであろうと思われる。その実例は、たとえば下記のサイトなどを参照してもらえればわかると思うが、アラベスクがひたすら植物的なのに対して、グロテスクはそこに動物の姿を図案化してあしらっているところに特徴があるように思う。

グロテスクの実例
https://grizly.club/uzor/ornament/12407-grotesk-ornament-47-foto.html

グロテスクにしろアラベスクにしろ、ベースになっているのは唐草模様であって、そこにはアラビア的な美学、もしくはアラビア的なものへの嗜好がはっきりと見てとれる。ただ、この書名に現れたアラビア趣味が、個々の作品にまで及んでいるかというと、そんなことはないようだ。基本的にポーの世界はゴシック美学が支配的なので、それはたとえば「アッシャー家の崩壊」の冒頭のあのすばらしい描写などに典型的に表れている。このポーのゴシック性が、彼を象徴派プロパーから遠ざけている。もし彼をむりやり象徴派の圏域に引きずり込もうとすれば、新たに「ゴシック的象徴主義」とでもいうものを規定しなければならないだろう。

さて次は詩篇「イズラフェル」を見てみよう。この詩は、冒頭に「コーラン」からの引用がエピグラフとして添えてあるが、こんな文句がほんとに「コーラン」にあるのかは疑わしい。目下「コーラン」を精読中なので、引用箇所を発見したらこちらで報告するつもり。いずれにしても、詩にイスラムの天使を出すというのはあまり例がなく、そういったものが好きな人間にはアピールするものがあると思う。ここにはまたフーリなる、イスラム世界独特の天女の姿も垣間見える。

次は少年時代の詩「アル・アーラーフ」。これはもう題名がもろにアラブ的だ。内容はそれほどでもないが、天文学者の王と呼ばれたティコ・ブラーエと、中世の天文学を壟断したイスラム世界とを「アル・アーラーフ」の一語に約めて示したのはすばらしい手際で、これがもしほかの題名だったら、まったく魅力を失っていただろう。内容よりも題名のほうがすばらしいというのは、はたして詩人にとって名誉なのかどうか、にわかには判断しがたいが……

同じく少年時代の作「タマレイン」もまた、イスラム世界の征服者ティムールを題材にしている。これはコールリッジの「クーブラー・カーン」を下敷にした可能性がある。邦訳ではだいたい「チムール大帝」となっているが、原題を英語読みにした「タマレイン」のほうがずっと響きも美しく、魂の奥底まで沁み込んでくるような魅惑がある。

最後に、フーゴー・シュタイナー=プラークの描いた挿絵をいくつか。



AL AARAAF



TAMERLANE



ISRAFEL

シュラミの女


デルヴァイユの「象徴詩」をぱらぱらめくっていると、ラフォルグの詩に Sulamites という言葉が出ているのを見つけた。これはなんだろう、と思って辞書を引くと、「シュラミの女」と説明があって、出所として雅歌があげてある。

そこで雅歌を調べてみると、たしかにあった! その6の13に「帰れ帰れシュラミの婦よ 帰れ帰れわれら汝を観んことをねがう」とある。

雅歌はなんべんも読んでいるのに、この箇所にはまったく気がつかなかった。というか、完全に素通りしていた。だいたいこの雅歌という作品は、だれが語っているのか、よく分らないのだ。官能的な言葉が並んでいるので、ついうかうかと読み過ごしてしまうが、話の筋(?)は不明のままで長年放置していた。

そこでネットをみると、世界じゅうの聖書をあつめたサイトがあった! こんなのはネット時代ならではの産物だろう。すごい、と思いつつ、適当に英語の聖書を見ると、雅歌の語り手をこと細かに表示してあって、なるほどと目からうろこが落ちた。そして、シュラミの女というのが、この作品の女の語り手、つまり女主人公であることもわかった。その相手は恋人ソロモンであり、べつにエルサレムの女子等の合唱が加わる。この三者がかわるがわる歌うことで、作品が成り立っているのだ。

それにしても、あらためて思うのは、どうしてこれが旧約聖書に入っているのかということ。どう見ても場違いとしか思えないのだ。この男女の相聞歌を信仰に結びつけることは可能なのだろうか。可能だとして、なぜここまで官能的である必要があるか。

それはともかくとして、この雅歌という作品は、象徴派とはけっこう相性がよくて、いろんな人がこれに想を得た作品を作っている。絵画の領域ではロゼッティやモローが、詩の領域ではヴァン・レルベルグなどがすぐに思いつくが、ほかにも探せば見つかるだろう。フォーレの合唱曲に「ラシーヌの雅歌」というのがあるが、これは聖書の雅歌とは関係がない。しかしこれも雅歌つながりでまとめておいてもいいかもしれない。

さて冒頭のラフォルグの詩だが、これは場末のカフェ・コンセールで調子っぱずれのピアノを叩きながら即興で歌われたような詩で、奇妙な魅力はあるが、それをここで伝えることはできない。ラフォルグは象徴派というよりむしろ頽唐派で、ランボーほど過激ではないが、適度にハチャメチャであり、なんとなくキートンを思わせるようなアクロバチックなところが、今後の興味につながりそうな気がしている。