象徴派の周囲

象徴派に関する雑記、メモ、翻訳、引用など

小日向定次郎『ダンティ・ロゼッティの研究(地上の愛より天上の契りへ)』


大正14年に出た本で、小日向の本としては容易に手に入るものの一つ。"The Blessed Damozel" "The Staff and Scrip" "Sister Helen" の三篇の詩を訳出、解題している。

The Blessed Damozel はドビュッシーの名曲 La Damoiselle Elue のもとになった作品で、作者18歳のときのものだそうだ。ロゼッティは絵もよくしたが、この詩のあらわす情緒はむしろバーン・ジョーンズのものだろう。ラファエル前派には後のフランス象徴派よりもむしろ純化された象徴主義が顕著で、この北方的な要素はベルギー象徴派にもっともよく承け継がれている。ヴァン・レルベルグの「ソリアーヌ」などはロゼッティのこの詩とマラルメの「エロディアード」とを直接の霊感源としているように思われる。

The Staff and Scrip は十字軍時代に材をとった騎士道物語。こういうのは私にはちょっと苦手だ。アングロサクソンにはアーサー王伝説という詩文芸術の宝庫があって、これに汲んだ作品が無数にある。いずれも貴婦人や武辺の君が登場するもので、題材としては象徴派よりもロマン派との親近性が高い。ロマン派のこの手の詩文、たとえばコールリッジの「フビライ汗」にしても、エドガー・ポーの「タマレイン」にしても、いまひとつ象徴派とのつながりが見いだせない。

Sister Helen は三篇のなかでは異色作だ。姉と弟との対話体で、蝋人形を溶かして薄情な恋人を呪い殺す話である。しかしそういう殺伐とした題材を扱いながら、ここにはまぎれもないポエジーがある。一節一節がほとんど呪文のようだ。トリスタン物語以来の「愛と死」のテーマではなく、死そのものの種々相を神秘的に描いた諸作、たとえばイェーツの「心のゆくところ」、メーテルリンクの「闖入者」、ヴァン・レルベルグの「嗅ぎつける者」などにも影響を与えていそうな譚詩。

最後に、本書全体の特徴はといえば、なんといってもその枝葉の多さを挙げなければならない。本文の文法的解釈などはそっちのけで、むしろ詩句の背景をなす民俗学的な考証にその大部分が充てられているのだ。そういう横道を楽しむという意味では、やはり英文学の正統を踏んだ研究書なんだろうと思う。もちろんその学的水準の高低はこんにち問うところではないけれども。