象徴派の周囲

象徴派に関する雑記、メモ、翻訳、引用など

二葉亭四迷と象徴主義

ちょっとしたきっかけで、二葉亭四迷の全集を買ってしまった。新書版で二段組、全九巻という、省スペースのもの。まだ目次をぱらぱら見た程度だが、じつにおもしろそうな作品が並んでいる。こういうものに今まで注意してこなかったのは迂闊だった。さて、目…

中原中也訳『ランボオ詩集』

ランボー、ランボー、 アル中のランボー、 へんてこな やつ。こんな替え歌(?)を作って喜んでいた子供のころの私よ……ともあれ、小林秀雄のランボーは私を驚倒させた。私も小林とともに、ランボーという「事件」の渦中にしばらくいた。しかしその波は来たと…

楳図かずお『洗礼』

楳図先生と象徴派とどう関係があるか。たぶん先生は象徴派なんてものにはまるきり関心がないか、あったとしても自分が象徴派であるとはまさか思ってはおられまい。私も先生の作品を象徴主義的な面から眺めようとしているわけではない。ただ、ここでひとつ書…

ホフマンスタール『チャンドス卿の手紙 他十篇』

私としては、長いことドイツ語で親しんできた「道と出会い」以降の三篇を、日本語でもっと正確に理解したい、と思って買った本だが、最初から順を追って読んでみて、ホフマンスタールという不世出の天才がいかに自分と気質的に共鳴するタイプの作家であるか…

吉田健一『ラフォルグ抄』

これはすばらしい本だ。私はこれを読んでラフォルグに対する考え方がすっかり変ってしまった。これまでは、ラフォルグといえばどうもあまりぱっとしない詩人という印象で、たいして人気があるようにはみえず、ラフォルグラフォルグといって持ち上げる人も見…

斎藤磯雄『近代フランス詩集』

その刊行年(1954年)からもわかるように、本書は日本の詩壇の趨勢と同時代的に関わるものではなく、もっぱら訳者の個人的な嗜好によって趣味的に生み出されたものだ。まあ、詩集というのは本来そうあるべきもので、いたずらに時流と切り結ぶことのみをもっ…

『上田敏全訳詩集』

この本は、『海潮音』と『牧羊神』、および雑誌に出ただけで単行本には収録されなかった拾遺篇からなる。本書を通読して思ったのは、やはり訳詩集としては『海潮音』のほうが『牧羊神』よりもすぐれていることと、拾遺篇にもすぐれたものが少なくないという…

ピエール=ルイ・マチウ『象徴派世代 1870 - 1910』

翻訳者としての窪田般弥の力量はかなりのものだと思うが、本書の訳はちょっと甘いし、索引などを見てもどうもあまり使い心地がよくない。絵画史的なことを除けば、読者が知りたいのは個々の作品の原題とその訳なので、本書のように原題を故意に(?)伏せて…

永井荷風『珊瑚集』

大正2年に出た本で、私の読んだのは、そのうちの訳詩だけ独立させた岩波文庫のもの。本書については、ネットにおもしろい論文が出ている。著者の佐道さんにはいつもながら教えられるところが多い。 『珊瑚集』から『月に吠える』へ * * * わが国の象徴詩…

阿藤伯海「哀薔薇」

哀薔薇 林壑久已蕪石道生薔薇 夢に薔薇(サウビ)の癉(ヤ)めるをみたり。鳥去りて東林白く 澗(タニ)の底、仄かに明けゆけど 夜夜の狭霧に、薔薇は癉みぬ。木立草立繇(シゲ)れる阿丘(オカ)に 幽かなる径(ミチ)、 径尽きて壑(タニ)も嘿(モダ)せり。 壑の八十陬(ヤソグマ)逗(モ)る…

漢詩と象徴詩

漢詩を楽しんでいる日本人はどのくらいいるのだろうか。1パーセントを切っているのは確実だろう。ことによったら、0.1パーセントすら危ういかもしれぬ。というわけで、あまり人気のない漢詩だが、ときどきこれは、と思うようなのがないわけではない。最近、…

宇佐美斉『象徴主義の光と影』

関西の研究者たちによる共同研究(1997年、ミネルヴァ書房)。21篇の論文が並んでいるが、私の関心に触れてくるものはほとんどない。というのも、ここで取り上げられている画家や文学者は、象徴派プロパーではなく、その周りを固めている守護神のような人々…

象徴派の時代とは

ネットで見られる論文に、次のようなのがある。日本における象徴主義の概念これは私には非常に興味深く読めたが、とりわけ最後の「日本に象徴主義は存在したのか」という一節がすばらしい。著者はここで、日本に真に象徴主義的な詩作品が現れたのは、大正に…

中島洋一『象徴詩の研究──白秋・露風を中心として──』

昭和57年に桜楓社から出たもの。象徴詩の愛好家にはおもしろく読まれるかと思いきや、なかなかもって取り扱いのむつかしい本ではある。というのも、白秋と露風の詩集すべてについて象徴性(著者のもちいる用語で、要するにサンボリスムのこと)をまんべんな…

北原白秋と三木露風

わが国の象徴詩の歴史においては、有明の次にくるのが白秋と露風だ。このふたりは並び称せられ、いわゆる白露時代を打ち樹てた。私はだいぶ前に露風の四冊の詩集*1にざっと目をとおし、小ぎれいにまとまってはいるが中身のない詩だな、という感想をもった。…

マアテルリンク『モンナ・ヴァンナ』

山内義雄の古い訳で読む(新潮社版)。「解説」によれば、この芝居が日本で上演されたのは明治39年すなわち1906年のことで、原作が出てからまだ4年しか経っておらず、まさに同時代現象だったことがわかる。おそらくめんどくさい部分は端折って、筋書のみ前面…

『詞華集』

国書刊行会から出た「フランス世紀末文学叢書」の一冊。1985年の刊行だが、以後類書が出ていないので、愛好家にとってはいまだに珍重すべき書物となっている。本書を手に取って、そうか、もうあれから35年にもなるのか、と思う。この本が出たころは、世はい…

フローベールの「ヘロヂアス」

サロメの系譜といった内容の本は何冊かあるようで、いずれまとめて読んでみたいが、サロメを扱った文学作品のうち、わりあい早い時期に出たもので、逸することのできないのがフローベールの「ヘロヂアス」だ。この恐るべき物語を、フローベールはいったいど…

日夏耿之介『美の遍路』

『黒衣聖母』の詩人の処女作は意外にも戯曲で、男を漁って一夜の歓楽を尽したのち、翌朝には殺して古井戸に投げ込む残酷なお姫様を主人公にしている。舞台は江戸時代の吉田御守殿で、天樹院尼公の性癖や科白がワイルドのサロメを彷彿させるところに妙味があ…

ジェラール・ド・ネルヴァルのこと

私が最初に読んだフランス語の本は、ネルヴァルの『オーレリア』だった。どうしてそれを選んだかというと、尊敬する某氏が「まったく雲をつかむような、理解不能の書」というふうに紹介していたからで、そういうものなら、初心者にはかえって好都合なのでは…

アーサー・シモンズ『象徴主義の文学運動』

1899年に初版の出た本書は、1913年(大正2年)に岩野泡鳴によって訳されて、非常な反響を巻き起したらしい。こんにちから見ればおそろしく読みにくい訳だが、この本のいったい何がそれほどまで当時の人々を動かしのか。泡鳴訳を読み続けるのは苦痛なので、冨…

ステファン・マラルメ「白鳥のソネット」

けがれなく 健やかにして うるはしき けふのよき日よ わがために 酔ひし翼の ひと打ちに 砕かばくだけ ひと知らで かたく凍りし みづうみに 霧氷降りしき 遁れざる 羽がきのあとの 透き見ゆる その氷をぞいにしへの 白鳥なりし おのが身の けざやかなれど 望…

J. G. ハネカー『エゴイストたち』(萩原貞二郎訳)

訳者の解説によれば、ハネカーという人はアメリカ人で、若くしてパリに渡り、当時のヨーロッパの文芸や音楽を深く学んだ。帰国後はその体験を活かして、評論を書きまくったらしい。しかし、生前の名声とは裏腹に、死後は急速に忘れられた。私が今回、この翻…

象徴派と白樺派

武者小路実篤の『お目出たき人』を読んでいたら、ドイツの画家の名前がいくつか出てきた。Ludwig von Hofmann Max Klinger Otto Greiner Fidusかれらはいずれもドイツ象徴派に属するらしい。私はこれまでドイツの象徴主義についてはあまり考えたことがなかっ…

井村君江『日夏耿之介の世界』

井村君江さんとの出会いは、おそらくこの狷介孤高といわれた詩人の老年を美しく暖かいものにしたんだろう。若くて才能があり、自分の世界に共感を示してくれる女性なんてそうそういるものではない。井村さんが現れたおかげで、詩人はだいぶ「命が延びた」ん…

悪魔とオナニズム

1996年から1997年にかけて開催された「ベルギー象徴主義の巨匠展」の図録を眺めていたら、フェリシアン・ロップスにかなりのページが割かれているのに気がついた。ロップスは、日本でもまとまった画集が出ているくらいで、わりあい人気がある画家だと思うが…

佐藤伸宏『日本近代象徴詩の研究』

これはすばらしい本だ。おかげさまで私にも日本象徴詩の流れがなんとなく理解できた。400ページに近い本だが、一読の、いや再読三読の価値はじゅうぶんある(2005年、翰林書房)。私の理解したかぎりでの、その流れは、下記のごときもの。 新体詩抄(近代詩…

マラルメの新訳と旧訳、つけたり戯訳

岩波文庫の新しいマラルメ詩集。すごい労作だとは思うし、これを出した岩波書店はさすがというべきだが、どうもこれを読んでいると、自分は今までマラルメを過大評価していたのでは? という気になってくる。それはともかくとして、トルストイの芸術論以来、…

象徴詩の十字路に立って

象徴詩の世界をひとつの都市に見立てた場合、私の現在いる場所は、その中心からだいぶ離れたとある十字路だ。そこから東を見ると、リヒャルト・デーメルがいる。西を見ると、シャルル・ヴァン・レルベルグがいる。南には大手拓次がいる。北には日夏耿之介が…

窪田般彌『詩と象徴』

1977年に刊行されたもの(白水社)。本書で扱われているのは、「広い意味での象徴主義的風土に生きた文学者」たちである。広義の象徴派といってもいいだろう。まず蒲原有明。この人の『有明集』は最低限読んでおかないと、日本の象徴主義について語ることは…